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back to nature

2017年2月から約2年間で世界一周をします。旅で見たこと感じたことを自由に書いていこうと思います。ほぼ自己満足な記録ではありますが、自身の旅の経験が少しでも誰かの役に立てれば幸いです。

100万人の大虐殺事件

約4年間に渡りカンボジア全土で起こった歴史に残る大事件です。

当時のカンボジア人口の約3分の1が同朋によって虐殺されました。

 

※始めに、

今回の内容は非常に残酷な話です。

しかし同じアジア人として是非知ってもらいたい事実です。

それを踏まえた上でどうぞ。

 

 

 

 

ベトナム戦争が勃発し、隣国であるカンボジアにも被害が飛び火し、カンボジア国民の多くが難民となりました。

当時、アメリカ軍の言いなりになっていたカンボジア政府軍と反政府軍も内乱を起こし、国中が大混乱に陥ります。

 

とばっちりを受けたカンボジア国民は当然アメリカを嫌い、それに従う政府軍への支持も徐々に無くなっていきます。

それに伴いポル・ポト率いる反政府軍クメール・ルージュ】が国民の支持を集め始める。

 

1975年、ベトナム戦争終熄後はクメール・ルージュが政権を握ることになり、どん底にあった国民は明るい未来を夢見たと思います。

 

しかし、

ここからが本当の地獄の始まりでした。

 

クメール・ルージュのトップであるポル・ポトは狂信的な毛沢東ファンであり、彼の提唱する「原始共産主義」をそのまま真似る政策をとった。

 

原始共産主義を簡単に説明すると、

階級や貨幣制度を廃止して原始時代のような農業中心の生活をしようという政策です。

 

よって、

自分達を除く知識人達は"格差をもたらす邪魔者"とされ、強制的に虐殺されました。

中には眼鏡を掛けているだけの者もその対象になったそうです。

 

ポル・ポトの言葉に、

「罪のない人を誤って殺すのは、敵を見失うよりもまだマシである」というとんでもない格言があります。

 

少しでも疑いを掛けられた人物は確証なしに容赦無く殺される狂った世界なのでした。

 

 

拘束された人は先ず収容所行きになります。

それ以外は農民となり、充分な食料を与えられず長時間働かされ餓死か過労死という結末。

 

どちらにせよ地獄の道を辿ります。

 

 

僕はプノンペンにある、トゥール・スレン収容所とキリングフィールドという場所を訪れました。

 

トゥール・スレン収容所とは、

当時の収容所(S-21と呼ばれていた)がそのまま残っている極秘施設です。

極秘施設と言っても、元は学校です。

教室だった場所に鎖付きの牢屋を作り、外壁には有刺鉄線が張り巡らされてあります。

 

ここでは音声ガイドを聴きながら見学ができますので、より理解を深められるので有難い。しかも言語選択が可能です。

 

クメール・ルージュによって捕まった人々はその場で目隠しと手足を縛られトラックでこのS-21に強制的に連れて来られます。

 

刑務官は主に教育を受けていない10〜20代の少年達。

まっさらな状態なのでクメール・ルージュの思想を刷り込みやすいんですね。

 

ここに到着すると先ずはデタラメな供述書を自分で書くように強制され、書いた内容に対しての刑が確定されます。つまりは死刑です。

 

死刑執行までの間は様々なカタチで拷問されます。

人々は服を剥ぎ取られ、足と手を繋がれます。これは完全に人間としての尊厳を奪い、動物以下の扱いを受けることで歯向かう気力すら失くさせるのです。

 

ここでは12000〜20000人の人々が収容されました。そしてS-21は各地に約200ヶ所ある収容所の一つにすぎないというのが驚きです。

 

死刑執行はここではなく、キリングフィールド(埋葬地)と呼ばれる場所で行われます。カンボジア全土に約300ヶ所あると言われています。

 

そこで僕が見学に行ったのはチュンエクにあるキリングフィールド。

ここでも日本語音声ガイド付きです。

 

キリングフィールドに送られた人々はその日の晩か翌日の晩には処刑されます。

 

事務所では、処刑漏れが無いか処刑リストをチェックする作業を今後処刑される人達が行なっていたそうです。

 

ここには大きなスピーカーがあり、当時クメール・ルージュのテーマ曲が流れていたそう。

 

昼間は強制労働をさせている死刑囚を鼓舞させる為、夜は処刑される人々の叫び声を掻き消す為。

音楽を流すための電力は発電機によって作られますが、発電機によって生じる騒音もまた断末魔を掻き消すのに利用されていたのです。

 

処刑には弾が高価なため銃は使用せず、農耕具を使って首や頭を殴るようにして打ちつけ殺します。念の為、最後に首を搔き切ったそう。

死体は勿論、死刑囚によって掘られた穴に埋められます。

 

死刑の対象は大人だけではありません。

 

赤子は木の幹に頭を打ち付けて殺されます。しかも親の目の前で。

「腐ったリンゴは箱ごと捨てろ」というポル・ポトの言葉通り、復讐されることを防ぐ為一家丸ごと根絶やしにしたのです。

 

敷地内には他にも犠牲者の衣類や武器の保管庫跡、首を刈られた遺体の埋葬地等があり、ルートの最後にはここで亡くなった方の遺骨が納められた慰霊塔を見学することができます。

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4年後クメール・ルージュは陥落し、幹部らは罪を認め終身刑になりました。

(カンボジアでは死刑制度はない)

 

 

 

最後に。

 

これらの施設を訪れる前は、30数年前に起こった事だとは全く想像もつきませんでした。

しかし目の当たりにすることで、これらは紛れもなく証拠物であり事実だと理解させられます。

カンボジアでこれらの被害に遭われた方やその親族の方々に対し僕が出来る直接的なことは何もありませんが、僕自身が歴史の事実として確実に記憶に残し、この教訓を元に平和や調和について少しでも考えることが彼らに向けた唯一のできる事だと信じたいです。

 

 

心より御冥福をお祈りします。