9カ国目、韓国🇰🇷釜山で5年ぶりの再会。
夕方の便で韓国・釜山へやって来ました。
約150人程乗れる飛行機に乗客が15人程しかいなくてびっくりでした。笑
本当は北京のあとは上海へ行きたいところでしたがビザの残存日数が3日しか無く、中国を離れることに決めたのです。
韓国に到着して先ず感じたことは物価が高い!!
日本程ではないですが、1ヶ月前まで東南アジアを旅していた僕には尚更高く感じます。
だけど、街並みは日本にいるのと然程大差がないくらい発展していて妙な安心感はあります。笑
ただ大変なのはハングルが全く読めないということ。
飯屋探しに外を歩いていても何屋さんか分からない。。。
物価が高い分適当に注文するのはまぁまぁのリスクですし。
そういう点では中国にいる方が若干漢字が読める分、想像しやすいです。
それと飯で困るのが多くのメニューが2人前からしか注文できないということ。。。孤独のバックパッカーには辛いです。
でも折角韓国来たしサムギョプサルが食べたい(⁎⁍̴̆Ɛ⁍̴̆⁎)
ということでドミトリーのルームメイトを募り、行ってきました!
食べ放題9900ウォン(≒980円)
安い!!
良い店見つけたと思ったけどサムギョプサルの食べ放題の店の相場は10000ウォンらしいです。
久々に肉をたらふく食べれて満足です✨
満腹になり宿へ帰ってベッドでごろごろしていると韓国人の友人からメールが来ました。
中国の次に韓国へ行くことは決めていたので1ヶ月前くらい前に都合が付けば会えるかなと思ってメールを送っていたのですが、全く既読にもならず諦めていたのです。
そして彼はここ釜山に住んでいます。
早速翌日会うことになりました。
待ち合わせは僕の宿の最寄り駅のホーム。
エリック(韓国人はイングリッシュネームというのを持っている)とは5年前にカナダのワーホリ期間中に知り合った友達です。
一緒にルームシェアしていた時期もありました。
ホームで待っていると変わらない姿のエリックが登場!変わってなさすぎてびっくりしました。ヘアスタイルまで一緒。笑
エリックのオススメのカフェで冷麺を食べた後、別のカフェでおしゃべり☕️
懐かしい話を色々する事ができて楽しかったです。ワーホリを終えた後は各々が別の道を進んでるんだなぁと思ったら何だかしみじみきました。
夜は屋台飯を色々食べました。
中でもこれが一番美味しかった。
ナッツがたくさん入っている屋台スイーツ。
翌日もエリックは予定なしということだったので、色々ぶらぶら。
特に観光などはせず、とにかく歩き回りました。けど釜山は海が近い為、この時期でも暑過ぎず、快適に過ごせるので散歩にもってこいです。
この日はずっと食べたかった豚のホルモン焼を食べました。あと韓国名物のソジュを嗜む程度に飲みました。
締めは余らせた具材にライスを混ぜたポックンパ!
韓国の御飯は日本人の口に合います(^^)
体の大きいエリックはまだ飲み足らない
というので日本居酒屋へ移動。
つまりはエリックとは食べてばかりの2日間を過ごしました。笑
ありがとうエリック😊🤚
北京着。万里の長城。
西安での滞在は2日間。
兵馬俑見に行ったこと以外に何をしたかというと、同じ部屋に泊まってた中国人の男の子と自転車で西安の中心部を周ったくらい。
特に面白いことはなかったです。笑
次に移動しよう!ってことで
北京です。
列車に乗る予定でしたがプラス約2000円で航空券が買えたので飛行機で行くことに✈️
3ヶ月弱ぶりです。
早めに空港へ到着してラウンジで優雅に飯を食いながらゆっくりしてました。
久々に贅沢な飯を食べました。
北京へ向けて出発です!
到着したのは0am過ぎ。
もう地下鉄は走ってません。
そう、最初から空港泊するつもりできました!
だって宿代浮くし他の時間の便よりも3000円弱も安いもの!!
てことでベンチの椅子を3つ使って横になり、そのまま朝を迎えました✨
意外と空港泊している人が多くてベンチは取り合いでした。笑
朝10時起床。
通常より長く寝たし、よく眠れました。
そして、予約している宿へ行く為地下鉄を使います。到着した前門駅は外国人が多く、多分観光スポットなんだろうなという感じ。
土産物ストリート内100〜200Mくらいの短い距離を列車が走っています。
乗客は4人くらい。
この列車要らないでしょ。
4人乗ってるだけでも奇跡なくらい。笑
あとは銅像がちらほら。
見てるだけですけど色んなシチュエーションがあって楽しいです。
しばらく歩き、予約しているLAOホステルへ到着です。
しばらく部屋でゆっくりして、外へ出かけます。
街は警察だらけ。
道を真っ直ぐ進みたいのにフェンスだらけで無駄に遠回りさせられてストレスです。
ことあるごとに荷物検査もあるし、何だこれはと思っていたら何か見えます。
更に近づきます。
あっ!これは軍事パレードの時とかにTVでよく観るアレですね!!
習近平さんの写真をバックに写真を撮る人たちの写真を撮る僕。
この建物の先に行きたかったんだけどまたもやフェンスに拒まれてる間に強めの雨が降って来たので諦めて宿に帰ることに。
ここでサプライズ!
西安の兵馬俑の帰りのバスで会った日本人のハヤトさんが同じ宿にいた!
1000km以上離れた場所で偶然再会することなんて日本ではありえないことだけど、旅をしているとこういうことが起こるのは不思議なことです。
夜はハヤトさんと飯を食べた。
翌日。
北京といえば万里の長城!
地下鉄と列車を乗り継いで向かいます。
列車の本数が極端に少なくて2時間待った。
その間に食べた肉まんが美味しかった。
日本の1/2より少し小さいサイズで10個入り。
値段はたったの6元(≒100円)。
本場の肉まんはハイパフォーマンスでした✨
入場料は40元(≒660円)で中国にしては良心的な金額です。
万里の長城は全長6000kmと言われています。アメリカとカナダの国境より長いというのだから驚きです。
世界七不思議に登録されています。
当然端から端までは不可能なので僕は観光客に一番人気のある八達嶺というポイントを訪れました。
エントランスを越えて目の前の万里の長城に向かって左側に行くと上り坂の多い"男坂"。右側に向かうと緩やかな"女坂"です。
男坂から見る女坂の景色が綺麗だという話を3ヶ月くらい前にマレーシアを旅してた時に会った日本人の大学生が言ってたのを覚えてたので、当然男坂を選択。
下の写真は振り返りながら撮ってます。
男坂はたまに凄い急斜面な階段があったりします。雪が降ってたりしたら多分死にます。
どんどん進みます。
ちょっとしんどくなってきました。
歩くペースが落ちます。
何故かって?
草履(ゾウリ)だからです。笑
そんなやつ周りにいませんでした。
更に進んで行くと人があんまりいなくなってきます。
そして行き止まり!ここまで!
万里の長城は老朽化によって通行禁止にしていたり、壊れてしまったりと全てを歩けるわけではないのです。
これらの理由以外に、万里の長城の一部分を家に持ち帰ってる阿保もいるらしいです。
来た道を戻り、列車に乗って宿に帰りました。
世界遺産の兵馬俑
学校の教科書にも登場しますね。
正直僕は覚えてません。
世界遺産ということで行って来ました。
中心街から結構離れた場所にあるんですけど、専用のバスが出てるので楽に行けます。
兵馬俑とは、
亡くなった始皇帝のお墓を守るために
始皇帝が亡くなり、死後の世界でも彼を守る為に兵士や馬を形どった俑のこと。
これを作ったことによって始皇帝に仕える兵士らが殉死することを防いだらしい。
作られたのは2200年以上前の話。
これが兵馬俑です。
ひとつひとつ違う表情をしていて同じものは無いらしいです。
1〜3基まであって全て見学できます。
ちなみにこれらを掘り当てたのはこの地域に住む村人で、今では大金持ちらしいです。本にサインしたりしてるらしいです。笑
規模に驚きました。俑も精巧に作られています。
すごい!
すごいけど入場料が高すぎ!!
150元(≒2500円)って!!
おい、中国!!そういうところだぞ!!笑
パンダ基地&チベット食事会
12時間程かけて成都へ戻りました。
途中の休憩所で買ったチェリーが予想以上に美味しかったです( ͡° ͜ʖ ͡°)✨
成都に帰ってからは特にやることがなく、何となくパンダの研究をしているパンダ基地へ行ってみることにした。
愛くるしい。。。
パンダが好きになりました。
降りるの絶対大変なのに木に登っちゃうあたりなんて可愛過ぎました。
楽しかったです。癒されました。
もしパンダ基地に来てなかったらと思うと恐ろしいです。と思うくらい良かったです😄伝わります?
パンダ基地の後は街をぶらぶら。
偶然にチベット茶のお店を見つけた。
お土産用だったのでちょっと高くて、貧乏な僕には手が出ず。。。
だけど色んなお茶を試飲させてもらった。
椅子に座って店員さんと話しているうちに次々とチベット人が来店(6人)して来てお店は普通の喫茶店状態に。
話の流れで一緒にディナーに行くことになった♪
お坊さんがキムにぃみたいでした。笑
楽しいディナーでした!
本当にチベット人が好き過ぎます😆
翌翌日、西安へ向かうため駅へ。
(翌日のチケットは満席で無駄にもう一泊しました。)
13時間の列車移動です。
10時間以上の移動はチベットで慣れたので、寝台ではなく椅子の席で予約。
1700円くらい?
西安に着いた頃には疲れ果ててました。
なんでだろう、座ってるだけなのにバス移動より疲れました。
多分向かい合わせの座席だからかな?
なんか落ち着きませんでした。
西安に付いてたのは23時近く。
ユースホステルにチェックイン。
すぐ寝ました。
聖地・色達&ラルンガルゴンパ
到着しました色達!!
僧!僧!僧!
見渡す限り僧でいっぱいです。
今までの町とは僧の割合が全然違います。
ここにいるのは僧と一般のチベット人と中国人だけ。外国人は立ち入り禁止なので当然見ません。
先ずは宿探し。
ただでさえ見た目が違うし(ロングヘアだし)、デカいバックパックを背負って歩いていると皆んなの視線を感じまくりなので早いとこチェックインしなければ!!
予め地図アプリでユースホステルの場所を確認してたのでそこへ向かいます。
何故そこにしたかって?外国人不可なはずなのにインターナショナルユースホステルという名だったからです。
微かな望みを持ってホステルの門を叩きます。
スタッフは当然中国語で話しかけてきます。
が、全くわからないので英語で泊まりたい旨を伝えると、多少驚いたくらいでその後は普通に対応してくれました。
受付の前で軽く説明を受け、部屋があるという2階へ。
するとサプライズ!
ソファに顔の濃い外国人がソファに座っていた。
彼はイスラエル人で同じく密入域。
乗り合いバンでやって来た。けど公安はノーチェックだったらしい。
彼も僕の登場で驚いていた。笑
部屋は至って普通。
だけどチベットあるあるで、お湯が出ないし、水圧が弱すぎる。
シャワーヘッドの無数の穴から出た水は直ぐに一本の線の様にまとまりチョボチョボとでる感じです。笑
それでも浴びなければいけないのがチベットなのです。
この日は適当な飯屋で食事して、就寝。
翌朝、バスに乗ってラルンガルゴンパへ向かいます。
バスはある程度の乗車人数を満たさないと出発しないシステムなのか乗り込んでから15分くらい待ちました。
色達の町にはたくさん警察が見回ってるので冷や冷やです。
色達からラルンガルゴンパへは30分ほどで着きます。
村の入り口周辺にはまたまた公安が見張っています。
まともに通過しようとしたら100%止められるので公衆トイレの横に隙間があったのでそこから入りました。
常に公安の位置を把握していないといけないのは非常にストレスです。
だけど入ってはいけない所に入ってる僕がいけないというのは事実ですが。。。
少し歩くとそこは僧たちが暮らしている宿坊エリア。
チベット色全開です。
ここには公安は入ってこないので伸び伸び出来ます。
周りを見渡しながら歩いていると一人のおじさんの僧に声をかけられました。
何度も言いますが、ここではチベット語or中国語です。
JAPANから来ましたってのも伝わりません。Google翻訳を使って伝えたら突然付いて来なさい的なことを言われ、歩くこと10分。
嬉しいことに家に招かれました(´∀`)✨
昼食も頂きました。チベット料理です。
子供が人見知り過ぎて最後まで構ってもらえませんでした。笑
奥さん、子供、おじいちゃん、おばあちゃんの5人で住んでるんだって。
申し訳ないと思う程のおもてなしを受けました。泊まっていきなとまで言われたのですが、生憎色達で宿を取っていたのでお断りしましたが。。。
もっとディープなところまで体験させてもらいたかったけど残念です。
とても暖かい家族でした。
ありがとうございました😊
お別れを告げ、もっともっと奥へ進みます。
ここより先に目を疑うほどの景色が広がっているのです。
歩くこと更に15分。
この景色です。
丘の上から撮った写真です。
聖地と言われるだけあるなと思うくらい圧巻でした。
ただ現在、中国政府による圧力でこれらの宿坊が徐々に壊されており、チベットを愛する僕としては悲しく思います。
数年後には景色が変わっているかも。。。
中国政府が憎いです。
そんな中でもチベット人たちは日々戦っているのです。
陰ながら応援しています!
バス停に戻り宿へ帰りました。
(写真を沢山撮るのを控えたため載せた写真は少ないですが、4時間くらいウロウロしていました。笑)
バスターミナルで翌朝の成都行きのチケットを購入。
本当は甘孜へ戻り、アチェンガルゴンパ(ラルンと同じお坊さんのエリア)へ行く予定でしたが、ここを見たことにより満足感がMAXに達し、成都へ戻ることにしたのです。
ヒッチハイクで再アタック
前日に、朝8時に検問所に来なさいと言われていたので行きました。
甘孜まで送ってくれる約束になっているからです。
だけど40分以上待っても昨日の公安のおじさんは来ない。他の人が代わりに送ってくれる気配もない。
何時に来るのか聞いても「あと5分」と答えるが全然来ない。
そのまま1時間以上経過。
ついに痺れをきらした僕は、自分でタクシーを探す!と言い放ちその場を立ち去った。
もちろん来た道を戻ります。。。
10分位したところで通りかかったタクシーを止めたが、甘孜に行く途中にある町・炉霍(ルーホー)まで行くところだったのでそこまでお願いした。
甘孜は遠いからな〜言われ断られた。
同じタクシーに中国人バックパッカーの男の子が乗っていた。
彼は色達観光からの帰り。
彼に公安に追い返された話をしたら、彼が検問所を通った2日前はノーチェックだったと言う。
俺はツイてなかったのか。。。
悲しくなった。
約2時間後、炉霍へ到着。
彼と一緒に昼飯を食べた。
この後、彼はヒッチハイクで甘孜へ向かうと言って、店のおばちゃんに段ボールをもらい「甘孜方面」と書き始めた。
それを見てたら良いアイデアを思いついた。
大型トラックの荷台に乗せて貰えば検問突破できる!!何故ならトラックは公安のチェックの対象にならないことは、長時間待たされてる時に観察していて気付いていた。
次こそ行ける気がする✊✨
僕の分も彼に書いてもらった。
お互いに健闘を祈ってお別れ。
さぁ、出発!!
と張り切っていたのも束の間。
大型トラックが全然通らない。笑
待てども待てども。
雨も降って来て、最終的に車なら何でも良いや状態になり通りがかる車全てにヒッチハイクのサインを送った。
30分後、一台の車が停まってくれた。
チベット人のお父さん&息子。
色達に行きたい旨と、公安に捕まりたくないので検問所の手前で降ろして欲しいと伝えた。
何故手前で降りるかというと、
トラック作戦を諦めた今、確実な方法をとるためにも検問所のすぐ裏にある山を自力で登ってバレないように通過しようと思ったからです。
その後はまたヒッチハイクすれば良いやなんて考えました。
もうこうなりゃ意地でも入ってやるという強い気持ちなのです。笑
すると、彼は大丈夫的なことを言う。
取り敢えず車に乗せてもらった。(英語は話せないので会話の内容は全てイマジネーションです。)
でも大丈夫と言われた昨日は大丈夫じゃなかったのは事実。
Google翻訳アプリを使ってどう大丈夫かを確認したら、
なんと、
検問所を通らない別のルートで向かうから大丈夫という意味だった。
これはスーパーラッキーだった🤞✨
息子はジョンというイングリッシュネームを持っており覚えやすい名前だが、お父さんには当然イングリッシュネームなど無く、リアルネームは難しすぎて忘れてしまいました。スミマセン。。。
車に乗せてもらうこと2時間。
ジョンを学校の前で降ろして、彼とはお別れ。
その後、すぐ近くにある彼の家にお呼ばれした。2度目のランチ。
チベティアンフードを初めて食べた。
どれも美味しかった( ´_ゝ`)✨
特にヤクのミルクで作ったヨーグルトは少し臭かったけど身体に良いだろうなぁと思ったら全部食べれた。
さらに山を越え谷を越えってな感じで3時間ほど進む。
裏道のような所なので車道など当然無く、悪路中の悪路です。
でた先は検問所を越えた数キロ先の所。
この瞬間何だか気が楽になった。
そこからは正規ルート。
公安はいくつか見かけたがノーチェック。
約1時間後、分かれ道の手前で車は停まった。
お父さんは右方面へ進む。
しかし、僕は左方面の色達へ。
ここで感謝の気持ちと共に別れた。
本当にありがとうございました😭✨
色達までは20km。
またヒッチハイクを開始。
今度は5分で捕まった。また親子。
子供が超可愛い。いつの間にか僕の肩を枕にして寝ていた。笑
そして、
とうとう夢にまでみた色達へ入ることが出来ました✨
公安に捕まりました。
鳥葬の見学を終え宿に戻り、宿をチェックアウト。
乗合タクシーで甘孜(ガンゼ)へ向かいます。
甘孜までの道中には公安による検問が2回あった。
1ヶ所目は外から車を目視してパス。
2ヶ所目は車から降りてIDカード(身分証)を事務所まで持って行き何か書き込むというものだった。
なぜ記入する内容の説明が曖昧かというと、僕は車の後部座席に屈んで身を潜めていたからです。
とあるネットの情報で、甘孜の検問でパスポートを提示して成都へ帰されたというパターンを目にしていた。でも甘孜へは外国人NGという情報はこれ以外聞いたことないので実際のところ分かりません。
だけど強制送還は絶対避けたい。
という思いから、
咄嗟の行動が陰に隠れるというものだった。笑
しかし甘孜に行きたいわけではなく、
この先の色達(スーダ)とラルンガルゴンパがこのチベット旅の最終地点。
だけどここで大きな問題。
この2つは外国人は立ち入り禁止。
チベット仏教の聖地のような場所であり、中国政府が国外との接触を断つためと思われます。
それだけチベット仏教の持つ影響力は強大なんですね。
ただ過去に日本人がちらほら行っているという情報があります。
入れた理由その①
同じアジア人で中国人との違いの差があまりない。
入れた理由その②
検問をしている時としてない時がある(らしい)。1年以上前の情報ですが。。。
理由②に関しては正直運任せなところがあります。ネットを見ても全然情報が無く、チベット関連の情報はかなり流動的で正直なところ現在どうなってるのか全然分かりません。
そこで思いついたのが、
遅い時間なら検問をやってないん(もしくは目視でスルー)じゃないかという仮説!
甘孜に着くのが18時過ぎで、そこで新たな乗合タクシーを拾い、色達に着くのが23時頃。
今までのチベット旅で何度も公安を見て来たから分かるけど、彼らは気分で仕事をしている感があり、適当な部分が結構ある。
確証は全くないが23時頃なら検問をスルーできる気がした。
なんか完璧なシナリオな気がして、チベットの神様が今日挑戦しなさいと言っているような気がした。
甘孜に到着。
乗っていたタクシーの運ちゃんに色達行きのタクシーの場所を聞いたら、一緒に乗っていた乗客のチベット人のおっちゃんが「俺も今から色達に行く」と言って来たので僕の心の中は益々追い風感で満ちていた。
おっちゃんのお陰で色達行きのタクシーも見つかり、出発の時間まで近くの食堂で飯を食うことになった。
おっちゃんは英語を話せないので、グーグルの翻訳アプリを使ってコミュニケーションをとった。
色達→ラルンガルゴンパへ行きたい旨を伝え、もし公安にバレそうになったら車の陰に隠れるからフォローお願いねと伝えておいた。笑
景気付けにウイスキーとこの食事を全てご馳走してくれた。
そして19時前。
おっさんと僕と、更に坊さんが加わり出発した。
僕以外全員チベット人。
音楽もチベット音楽。
早く色達に着くのが待ち遠しい♪
やがて外は暗くなり、山を越えて行く。
しばらくすると先の方でうっすらとランプが光っている。
22時公安による検問だった。
色達の手前にあるワンダという場所。
やっぱりかぁー(;´д`)
3列シートの真ん中に座っていた僕は後部座席に移動して身を潜めた。
車は検問所で止められ、公安の男に車のドアを開けられた。
この瞬間終わった。
車の中から日本人が出てきて何でお前はここにいるんだって感じの中国語で捲し立てられた。職業等も聞かれた。パスポートもコピーを撮られ(多分)、検問所でしばらく待つように言われた。
ドライバーを含む、他の3人は僕を置いて引き続き色達へ向かった。
サヨナラ〜。。。
ナンテコッタ。。。
成都に戻されたくないと心の中で願った。どうせ捕まるんだったら甘孜を観光しとけば良かったなぁーと後悔。
そんなこと考えてたら案の定、成都へ戻りなさいと言ってきた。
駄目元で甘孜へ行きたいと伝えたらOKと言ってくれた。
あ、OKなんだ!笑
これから東チベットを旅するみなさん。
2017年6月現在、甘孜はOKですよー🙆♂️!!
ここから遠いから今日はここの近くのホテルで泊まって、明日格安で送ってやると言ってくれた。格安ってどれくらいだろうと心配になった。
けど意外と優しいなとも思った。笑
「一泊3000円か800円のどっちがいい?」との提案にもちろん800円!!
wifiなし。シャワーなし。トイレもなし。水道もなし。
完全に物置化している部屋だった。
埃がすごくて最近人が泊まった形跡なし。笑
トイレに行きたいと宿主に伝えると50M離れたスーパー汚いトイレに案内されました😱
ここではすることがないのですぐ寝ました。。。